脱炭素は社会の新たな基本。技術系シンクタンク・株式会社テクノバにインタビュー
クリーンエア・スカンジナビアは、SDGsに関する取り組みとして、サステイナブル・カンパニーを目指しています。
持続可能な発展への貢献。環境負荷削減のための責任ある行動。そして自社のバリューチェーンにおいて人々へのポジティブな効果を高めていくこと。私たちクリーンエアでは、こうした活動に取り組んで参ります。
この記事では、同様にSDGsの取り組みを行っている企業をインタビュー形式で紹介します。
東京都千代田区の株式会社テクノバは、エネルギー・環境、交通、先進技術に関する調査・研究やコンサルティング等を行っている技術系シンクタンクです。
近年では脱炭素社会に向けた各国政府や企業の動きが活発化しており、同社へ脱炭素に関連する取り組みの実装に関する問い合わせが増えているといいます。
今回は株式会社テクノバ研究部 研究第3Gグループ長の藤本 峰雄(ふじもと みねお)さんに、同社の事業内容や書籍『いちばんやさしい脱炭素社会の教本』、読者からの反響と今後の展望についてお話を伺いました。
技術・政策に精通した株式会社テクノバ。脱炭素に関する書籍を出版
株式会社テクノバの事業分野
―本日はよろしくお願いします。まず、御社の事業内容と藤本様のご担当業務について教えてください。
当社は、1978年に設立された技術系シンクタンクです。「人類の発展に寄与する新たな技術の創造に資する」というビジョンを掲げており、エネルギー・環境、交通、その他先進技術に関する調査・研究、コンサルティング、これらの分野における技術・政策のプロモーション活動を行っています。
中心的な活動は技術・政策の調査で、エネルギー・環境分野、自動車などのモビリティ分野が当社の柱です。
私自身は、エネルギー・環境分野を主に担当する部署のグループ長を務めています。自らも調査をしつつ、グループメンバーの指揮を執っています。
―藤本様は2022年3月出版の『いちばんやさしい脱炭素社会の教本 人気講師が教えるカーボンニュートラルの最前線』を執筆されたお一人ですね。出版の経緯についてお聞かせください。
始まりは、株式会社インプレス様から、同社が脱炭素社会に関する本の出版を企画していること、その執筆を当社に依頼したいとご連絡をいただいたことでした。
私たちとしても、当時はまだ世の中に脱炭素への理解が広まっていないと考えておりましたので、ぜひ皆さんに知識を身に着けていただけたらと思い、執筆をお受けしました。
執筆者は私と、当社で電池技術を中心に国内外の先端技術調査を担当する松田有希、水素・燃料電池分野の調査・実証を手がける丸田昭輝の3名です。
基礎知識からビジネスの動き、専門知識まで網羅
―『いちばんやさしい脱炭素社会の教本』の想定読者や構成についてご紹介ください。
本書は主にビジネスパーソンをターゲットとしたシリーズだと伺いましたので、企業内で脱炭素に関する取り組みを担当することになった方や、新入社員の方など、「脱炭素社会について基礎から知りたい」という方に向けた入門書として執筆しました。
個人的に意識したのは、自然科学や経済などに関する専門知識がない大学1年生でも理解できる内容にするということです。
本書では、脱炭素社会に関する基礎知識から、ビジネスへの影響、新しいエネルギーの動向まで幅広く解説しています。
構成としては全7章・57レッスンでまとめており、各章の最後には気候変動やAI使用とエネルギー消費の関連性などに関するコラムも設けました。
1章では「脱炭素社会とは何か」をテーマとして、気候変動問題の全体像、脱炭素社会を実現しないとどうなるか、SDGsやパリ協定など、脱炭素の潮流に関して解説しています。
つづく2章では、脱炭素をめぐる国内外の動きと脱炭素経営をテーマとし、各国政府の動きと背景、消費者・取引先企業・中央銀行・投資家や銀行の動き、業種別の事例等をまとめ、脱炭素社会に向けてビジネスで何が始まっているかを紹介しました。
3章はエネルギー使用の実態把握と削減について、4章以降は電力の脱炭素化、水素などの脱炭素・低炭素エネルギーの活用などについて解説しています。
後半は、企業が実際に再生可能エネルギーを調達する際の基礎知識や、CO2の吸収・回収や利用技術についてなど、やや専門的な話題も扱っているため、入門書と言いつつも網羅的な本になっています。
まずは脱炭素社会の概要だけ知りたいという方は、1章を読んでいただくだけでも良いかと思います。
読者の反響に手応え。中学生からの取材や企業の講演依頼も
―読者の方からは、どのような反響がありましたか?
出版後、まずインターネット上のレビューで大学生の方の反応を見つけました。「グラフや図があり理解しやすい」「日本が置かれている状況が具体的な数字で理解でき、今後の行動指針として考えることができる」といった感想です。まさに大学生の方も参考にできるような本にしたかったので、手応えを感じました。
他に嬉しかったのは、東京都内の中学校に通う2年生の生徒さんからのご連絡でした。
学校の課題で環境問題の研究をしているとのことで、「『いちばんやさしい脱炭素社会の教本』を読んでさらに詳しく知りたくなったので、取材をさせていただけないでしょうか」と会社に問い合わせがあったのです。
この生徒さんは、脱炭素を研究のテーマに据えて3冊ほど書籍を読み、その中で私たちの本が一番分かりやすいと感じたそうです。
これはぜひ取材の希望に応えたいと思い、著者3名がそろってこの生徒さんの取材を受けました。関心の高い学生さんと直接話をすることができ、大変嬉しかったです。
―大人だけでなく、将来的に社会を担っていく若い世代が学ぶことも非常に大切ですね。脱炭素社会に関する知識がある方からの反響はありましたか?
一般のビジネスパーソンからは「分かりやすい」という声が聞かれ、専門家や教育機関の方などからは、本書の網羅性に対するコメントをよくいただきます。
幅広く知識がある専門家の方も、何か確認したい事柄があった際、本書を字引のように活用いただいているようです。脱炭素に関する講演の依頼を企業様からいただくこともあります。
また、今年(2024年)5月には、台湾でも翻訳版が出版されました。環境問題に関する書籍の出版でよく知られている出版社とのことで、今後は台湾での反響も期待しています。
安全保障や産業政策の視点でも進む脱炭素化
―『いちばんやさしい脱炭素社会の教本』を出版されてから約2年半経っています。その後の世界の動きはいかがでしょうか。
本書の2章では、脱炭素社会に向けて各国政府が動く背景は主に「安全保障」「産業政策」「格差問題」「環境問題」だということを解説しています。
執筆が終わったのは2022年1月頃なのですが、その直後にロシアのウクライナ侵攻が始まり、まさにエネルギー安全保障という側面から脱炭素を考える動きが強くなりました。
産業政策では、半導体製造やAIデータセンターの位置づけが高まる中、それらに必要な膨大な電力がもたらす影響への関心が高まってきました。
洪水や干ばつなど大規模な自然災害も、国際世論が動くきっかけです。常に最新の政策や企業の活動は注視する必要がありますが、基本的な知識は、やはり本書が網羅できているのではないかと思います。
「2023年の世界の平均地表温度は基準値より1.45℃高かった」という調査結果も発表されました(※)。2015年のパリ協定を経て、気温上昇を工業化前の水準から1.5℃までに抑えることが世界共通の長期目標となっている中、看過できない事態です。
日本の夏も記録的な猛暑ですが、乾燥地帯では本当に死活問題となります。こうした変化の速さは、今や誰もが感じているのではないでしょうか。
注:State of the Global Climate(WMO:世界気象機関)
急速に求められる「循環」の取り組み。欧州の基準がカギ
―御社では、サーキュラーエコノミー(循環経済)に関する活動もされているそうですね。
はい。脱炭素と並んで、サーキュラーエコノミーも当社の大きなテーマであり、技術・政策それぞれについて調査活動をしています。
これには、2022年頃より、企業様からの相談が切実になってきたという背景があります。
例えば自動車業界では、自動車メーカーからの要求によって、部品メーカーはリサイクルした材料を使って部品を作る必要が出てきたり、数年以内に一定のリサイクル率を達成しなくてはいけなかったりしている状況です。
こうした動きは、脱炭素の取り組みで進んでいるヨーロッパからの厳しい規制が関係しています。自動車などの輸出産業では、ヨーロッパへの輸出基準を満たす必要があるため、政府から各企業へ、そして各関連企業へと取り組みの要求が高まっているのです。
―御社には、具体的にどのような相談が寄せられますか?
「製品に対する厳しい規制が出されたが、本当に実施されるのか」「他の会社はどのようにしてクリアするのか」「コストを上げずに基準をクリアするための有効な技術はあるか」といった内容のご相談をお受けすることが多いですね。
もちろん、中国やインド、アメリカではどうなのかというように、世界全体での動きを押さえることも重要ですが、まずはヨーロッパに顧客やビジネス拠点を持っている業界、企業からのご相談が増えています。
私自身も以前、リチウムイオン電池のリサイクルやリユースに関する調査案件を担当しました。コバルトやニッケルといった高価な金属は回収価値があるため、バッテリーからの回収が進められています。
ただ、こうした金属は「環境負荷を下げる」という目的のみで回収されているわけではありません。コバルトやニッケルは産地と精錬場所が限られていて供給リスクがあるため、安全保障や経済政策としての思惑も絡んでいるのです。
注目の水素エネルギーも、資源国の台頭が予想される
―その他、脱炭素社会に向けて最近の動向がありましたら教えてください。
2010年頃から現在まで継続して、水素エネルギーへの注目が高まっています。燃焼しても水しか生まないとされている水素ですが、実際にエネルギーとしてどこまで活用可能なのか、使用するにあたりどのような課題があるのかといった問い合わせをいただくことが多いです。
『いちばんやさしい脱炭素社会の教本』を執筆した一人の丸田は、水素分野を長年担当しています。これまで数多くの講演を担当しており、脱炭素実現に向けて水素を活用することが重要だという認識の広がりはやはり感じているようです。
しかし、日本が水素エネルギーを使うとしても、当面は大量に輸入することになるかと思います。石油や天然ガスの使用が減っていき、新たな資源国として水素を輸出できる国が有利になっていくのではないでしょうか。
水素は、電気と同じように「作る」必要がある物質です。そのため、水素を作るにしても、太陽光発電によって作るなど、なるべくクリーンな方法が求められるでしょう。
再エネ発電に関しては、太陽光が豊富なオーストラリア、風力が豊富なチリ、水力が豊富なブラジル、バイオマスが豊富なインドなどが水素の資源国として浮上してくるのではないかと思います。
最新の動向を調査し、実装支援や提言に注力していきたい
―御社の事業における、今後の展望をお聞かせください。
当社が掲げる「人類の発展に寄与する新たな技術の創造に資する」というビジョンに基づき、国内外の技術動向や社会動向を継続的に注視し、企業や自治体による実装の支援、脱炭素やサーキュラーエコノミーに対する理解度を高めるお手伝いをしていきたいと考えています。
今回ご紹介した『いちばんやさしい脱炭素社会の教本』は、環境省の脱炭素アドバイザー認定資格制度に対応した「GX検定」の推薦図書にもなっておりますので、皆様の知識をアップデートしていく一助になれば幸いです。
また、政策上の政府への提言も引き続き行っていきたいと考えています。
例えば、サプライチェーン基盤はともすると東アジアに、データ基盤はアメリカのITプラットフォーマーに偏ってしまいがちですが、ヨーロッパでは、そうした重要な産業基盤を自国内に築く取り組みが進められています。
日本政府はどのような動きをしていくべきか、当社からも提言をしていけたらと思います。
―最後に、読者の皆様へメッセージをお願いします。
脱炭素社会に対して関心が高い方は一定数いらっしゃる一方、無関心だったり、「実現は難しいだろう」と思っていたりする方もいらっしゃいます。
また、本日お話ししたように、各国政府や企業の動きは、純粋に地球環境のためだけを考えた取り組みではないかもしれません。
それでも、脱炭素の動きは確実に始まっており、さまざまな技術や政策に関する調査・研究、実践が行われていますので、これからの社会の基本になっていくことは間違いないでしょう。
これから取り組みを担うビジネスパーソンの皆様も、ぜひ情報を得ながら、できることを始めていただけたらと思います。
―本日は貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。
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